二条城のほぼ隣!隠れパワースポット神泉苑(しんせんえん) [京都のパワースポット]
京都のパワースポットが沢山存在すると言われる中、
龍のパワーを持つ泉と言われるパワースポット、それが神泉苑(しんせんえん)。
実はここ、京都の夏の風物詩、祇園祭ととても関係のある場所なのです。
詳細は、後半にて記述しています。
場所は、二条城脇の押小路通を渡ったところにあります。
二条城が絶対に目立つ為、二条城は必ず訪れると思うのですが、
二条城まで来たのであれば神泉苑は隣接しており少し歩くだけで到着するため、
是非立ち寄ってみていただきたい隠れスポットです。
因みに正面から入る場合は御池通側から入ります。
下の写真を見ていただくと鳥居がありますよね。
でも、実はお寺なのです 感の良い方はえ!?お寺?と疑問を感じますよね?
ここは東寺真言宗の寺院となっているのです。
真言宗東寺派と勘違いされている方がいらっしゃいますが、
それは誤りです。東寺真言宗と真言宗東寺派は別組織となります。
なぜ寺院なのに鳥居が存在するのか、調べ方がいけないのか、どのサイトにも
情報が掲載されていないので、
疑問に感じた以上すっきりさせたいと思い独自リサーチ
歴史に詳しい方なら、「そんなこと知っているョ」と言われる内容かもしれませんので、
予めご承知おき下さい
江戸時代までは、仏教と、神道は混淆していました。 江戸から明治へと時代は
移り変わり、明治時代の神仏分離令により
現在のように仏教と神道は明確に分けられました。
真言宗はもともと真言神道という独自の神道があり、真言宗の寺院内には寺内社
と呼ばれる神社が多数あります。おそらくはその名残でこのように寺院だけど鳥居が
存在していると考えられます。間違っていたらゴメンナサイ
で、ここ神泉苑の創建時の大きさは、北へ南北4町、東西2町であったと伝えられ
現在の面積よりもだいぶ大きかったのです。
1町=1ヘクタール。1辺が100mなので、大体想像できますよね。
神泉苑の池は、桓武天皇が訪れ、それ以降は皇族貴族により
花見や月見、雅な宴の場所として愛された場所です。
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また、干ばつが酷かった年に神泉苑では
東寺の空海と、西寺の守敏(しゅびん)との間で
雨乞いの祈雨の法を競いあいました。その結果、
空海が勝ったことから後に東寺との関わりが深められ、
今尚も東寺が栄える一方、西寺は衰退し最終的には滅びてしまいました。
以降、この池には水を司る善女龍王が住むと伝えられ神聖視されてきました。
また京都の夏の風物詩である有名な祇園祭りの元になったのも
神泉苑が深く関わっています。
今から1100年以上前の863年に疫病が蔓延し当時原因を怨霊とみなし
それを沈める為の御霊会がこの神泉苑で行われました。
869年には境内に日本の国に数をあらわす66本の鉾を立て疫病退散を祈願しました。
それが後の祇園祭の元になったのです。
祇園祭りと神泉苑がこのように関わっていること、それを知り私も驚きました
そして、パワースポットと言われる場所は、この恵方社(えほうやしろ)です
毎年大晦日の晩には、来る年の恵方に向けて祠の向きが変わります。
1年の福徳を司る神様である歳徳神(としとくじん)が祀られています。
こちらが、善女龍王を祀っている善女龍王社です。
善女龍王様にお願いを念じながら渡ると叶うと言われる法成橋。
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御朱印を拝受しようとおもっていたのですが、
寺務所が閉まっており、頂けませんでした。次回お参りの際に機会があれば
頂きたいと思っています